一過性でない歴史観光とは
2018年 07月 22日
私は、先般の議会で、息子の年号覚えの語呂合わせで「鹿児島人にとって大事な年号は、1868年と1877年だ」と指摘しました。戊辰戦争終結・明治維新と西南戦争終結の年です。次回、鹿児島が歴史的に注目され、歴史を活かした観光を計画するのは、9年後の「西南戦争終結150年」になろうかと思います。2027年です。
一過性でないようにするには、歴史的研究基盤を観光に結びけなくてはなりません。そのためには、「この人物が、いつ・何をした」という歴史上の表面上をなぞるだけの観光から、その人物を深掘りが必要です。
大きな業績を残した歴史上の人物は、聖人君子のように言われ、なかには崇め奉られて批判は許されない人物もいます。でも、大きな事業を成し遂げた方も、人の子として生まれ、成長し、縁あってその仕事をしました。そのときの住まいは?職場との距離は?家族は?友人関係は?職場の上司部下の人間関係は?などと人物像を深掘りして、研究していく基盤を鹿児島に整えることは定期的な人的交流を進める1つの起爆剤になろうかと思います。
鹿児島は、西南戦争で受けた大切な人を失った官軍(政府)への恨み、経済基盤の崩壊などのショックが大きく、それ以前の薩英戦争・戊辰戦争での鹿児島の活躍などが多く知られておらず、また明治時代の県庁行政機構などがまだまだ研究途上です。
歴史番組をつくるなら、鹿児島に聞け!鹿児島に行け!と言われるような拠点づくりによる研究者誘致はそんなに難しくないような気がします。