カテゴリ:薩摩の歴史のこと( 4 )
鶴丸城の御楼門復元計画
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「城博士になって鶴丸城を復元したい」ー私は小学4年のときの学級文集にこう書いています。本当にそうなってきました(驚)

 島津氏の居城だった鶴丸城の御楼門復元が話題になっています。ちなみに、近くの中央公民館の緞帳は、鶴丸城です。一度ご覧いただけると良いかと思います。
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 復元費用7億5000万のうち、経済界が中心になって4億5000万円以上集めているのを受けて、鹿児島県も動き出しました。26年度は、御楼門が乗っかる予定の石垣が過重に耐えられるかの調査と石垣の修復費用を出しました。

 私は、この案件を取り扱う総務委員会委員長でしたので、委員長権限で御楼門跡を視察箇所に選定し、今度の復元作業が超党派の理解をいただける下地づくりをしました。

 また先日27年度予算のうち復元関係の1億5000万円の予算を総務委員会で認め、さらに本会議で承認しました。また、御楼門だけでなく、左側の御隅櫓(オスミヤグラ)の復元も知事が決断し、発掘調査予算も承認しました。
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 鹿児島のまちに御楼門があったのは260年余り、なかったのはこの140年であります。実は御楼門を見た人の方が多いのです。
 これからが大波小波、各方面の調整が必要です。薩摩の気概でやりぬきます。
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by fujisakitakeshi | 2015-03-24 08:52 | 薩摩の歴史のこと
都道府県別 明日を担う青年のすがた
 「47都道府県の青年たち わが県の明日を担う青年のすがた」―鹿児島県出身の舞田敏彦氏の著書です。舞田氏は、武蔵野大学講師で38歳。新進気鋭の研究者のようです。鹿児島の将来を占ううえで、参考になります。
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by fujisakitakeshi | 2014-12-26 08:41 | 薩摩の歴史のこと
1968年当時の「20年後のかごしま」
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1968年(昭和43年)の人が描いた「20年後のかごしま」。金丸知事時代の頃にできた鹿児島県主要開発展望図です。

へえ~当時の方はこんなふうに考えていたのかと思います。

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「国鉄新幹線」→日豊線寄り大口あたりを通るような案だった!
「薩摩用水」→川内川から間之瀬川へ南北縦断用水路案があった!
「錦江湾一周自動車道路」→一部は指宿スカイラインで実現!
「東九州自動車道」→桜島経由で志布志行きのルートだった!
「志布志湾臨海重化学工業地帯」→当初は志布志湾を全部埋め立てるような案だった!
「鹿児島湾臨海工業地帯」→与次郎から喜入までずっと埋め立てる案だった!
金丸知事が設置した鹿児島県開発計画会議(会長:鮫島志芽太南日本新聞社専務取締役)が策定したものです。産官学マスコミまで巻き込んで策定したこの案に当時の決意が伺えます。
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by fujisakitakeshi | 2014-06-12 08:06 | 薩摩の歴史のこと
薩摩の心
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事務局のお手伝いをしている薩摩義士顕彰会が毎年発行している年誌薩摩義士が完成して、発送作業がおこなわれました。私は薩摩義士の社会的意義の大きさを考え、まだまだ多くの人に理解をしてもらうために活動の活性化の提案をさせてもらっています。昔の薩摩の人はは偉かったとつくづく感じます。
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by fujisakitakeshi | 2009-03-14 01:14 | 薩摩の歴史のこと