カテゴリ:西伊敷のこと( 3 )
地域要望
「すっきりなった幸加木川」
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県政には地域の課題もあります。幸加木川は、伊敷地区を流れる甲突川の支流です。小野町内会連合会から要望が出されていた幸加木川の伸びすぎた葦の除去と寄洲除去が3月上旬で完了しました。
 流路が80%以上塞がれ、大雨の時心配。葦が伸びすぎて、ゴミのポイ捨てを誘発してました。しかも煙草でも投げ込まれたら、火災にならないかと悩みの種でした。
 鹿児島地域振興局に足しげく通い、予算の確保を要望し続け、昨夏台風が来なかったことで、保留していた災害対策予算の執行留保が解除になったのにあわせ、予算を捻出していただきました。
 
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 「川がスッキィナッタガ~」とお声をかけていただきますと、地元選出県議として、これほどうれしいことはありません。
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by fujisakitakeshi | 2015-03-26 08:58 | 西伊敷のこと
西伊敷でまち歩き会しました。
  私がお世話になっているKAGOSHIMA熱闘会議の3月例会を、西伊敷で開催できないか相談していたところ、ご理解いただいて先日西伊敷で開催しました。
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  昨年からいろいろ商店街活性化で取り組んでいる店舗をまち歩きでまわってもらい、各店舗を立ち寄りながら、1時間半にわたって散策して、そのあと西伊敷活性化にむけた放談会をして懇親会という流れでした。

 16時に西伊敷三郵便局に集合、16時15分に出発して、須田青果→太陽クリーニング→タイヨー建替え現場→ケイ産業→中央公園→ハートフルケア西伊敷→南日本保険センター→サイクルオートいしき→双葉クリーニング→味良と順番でした。

 少々寒かったものの、雨があがって絶好の散策日和でした。25人の集団が、ノボリを先頭に団地内をワイワイ言いながら散策しました。

 放談会・懇親会で出た意見を列挙してみました。

・通り会で高齢者むけの便利マップを制作してみては?
・魅力的なお菓子屋さんがあるので、もっとPRしては?
・自宅改装型の高齢者向け福祉施設は良かった。
・退職した男性が、団地内のことを知らないことが多い。再発見になり良かった。
・西伊敷は高速道路が近いから便利だ。
・西伊敷は非常に広い。
・商店街振興は、それが成功例かわからないぐらいいろいろな事例がある。
・西陵に比べて、居酒屋が充実している。
・人通りが少ない印象を受ける。やはり人が歩いているのが、活性化の象徴になるのでは。
・西伊敷は住宅街だが、隣接地には川も山もある。
・地域通貨を導入しては。
・やはり商店街には各店舗が必要だ。
・同じタイヨーでも、店舗の屋上に駐車場がある店とそうでない店では、店舗の隣接商店街への回遊性が異な ってくる。西伊敷に完成する新店舗は、屋上駐車場でないのは幸いでは。
・イリモノの視点で、良さ・悪さを再点検して。
・西伊敷の財産・資源を再確認しては。
・全体的に緑の少ない印象がある。街中農園や街角の花など、まだ取り組めるはず。


 話題になったのは、大規模店舗と個人店舗の微妙な共存共栄関係です。

 西伊敷商店街も、タイヨーが建て替えでいったん閉店してから、タイヨーの求心力の大きさを改めて実感している現状がわかったほか、県内のほかの地域でもAコープが郊外に移転して、商店街が衰退していった話や、Aコープの移転にあわせてくっついて移転した肉屋の売り上げが3倍に伸びた話などが出され、強者の戦略・弱者の戦略の関係が明らかになりました。

 懇親会に参加してくださった通り会のみなさんからも、「大変参考になった」と喜んでいただきました。またできることとできないことを精査しながら、今回出された意見をまちづくり・商店街振興に活かしていければと思います。

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by fujisakitakeshi | 2009-03-15 22:37 | 西伊敷のこと
教育の成果をどうみるか
私が小学校の2年生のときまで校長先生をされていて、たしか一昨年に亡くなった詫間治一先生の著書を見せていただきました。その本のなかにちょうど私が在学中のころのことが書かれていました。

「西伊敷小の思い出」

私が西伊敷小学校にお世話になったのは、昭和五十三年四月から五十六年四月までの満三年間でした。

 初代校長の山下先生が一生懸命頑張られて、校舎・講堂・プール等の建設も終り、基礎が確立された後に、私は第二代校長として赴任したのです。当時西伊敷小は児童数1850名余、市内屈指の大きな学校で、子ども達は大変利発でしかも御父兄が教育に熱心でした。私個人としても長い教員生活、最後の勤務校であるという感慨をもっていたのです。

 学校に着任して最初に思ったことは、外観はこれでよし、これからは内容の充実である。そのためには、子ども達の学力向上に努力せねばならないと考えました。

 そこで、先生達と話し合って、学力診断テストをしたり、校内の授業研究を毎日したり、学年部会、教科部会を実施しました。さらに、校長として毎週月曜日の朝礼で感動的な講話をして、子ども達のやる気をふるい興さねばならないと決意しました。

 僅か五分間によい話をすることは難かしいことで、仲々の準備がいります。加えて、話術が上手でなければなりません。私にとってもよい勉強になりました。
 
 今になればなつかしい思い出です。では、子ども達が反応してくれた話のいくつかを拾ってみましょう。
 
 その一、「わが胸の燃ゆる思いにくらぶれば、煙はうすし桜島山」平野国臣の有名な詩の意味を教えて、三年生以上は、ぜひおぼえなさいと数回みんなで合唱しました。後日、お母さん達から「うちの子は入浴中に大声でこの詩を暗唱します。」と聞いて嬉しくなりました。
 
 その二、椋鳩十さんの本から話題を見つけてよく語をしました。ある日お母さんが「私の子どもはいじめられてばかりです」と苦情をいって来られたのです。私は翌日朝礼で「片あしの母すずめ」という語をしました。つい私も涙声になりましたが、泣いていた児童もいました。
 
 その三、今から270年程前伊集院のはずれの農家に四民のお坊さんが泊りました。初めて「さつまいも」を食べて驚き、「この種いもをください」と頼むのです。当時は軍時食として藩外不出のものでした。苦心の末濠に入れて、ついに藩外に持ち出した話をしたのです。昔の偉い人の話に子ども達の目は輝いていました。
 
 その四、西伊敷小は習字、図画、音楽、スポーツ、工作、理科が盛んで、よく賞をもらいました。この児童の中から、学者、オリンピックの選手、音楽家、画家が出るようにと激励すると、子ども達がうなずくのです。思い出はつきません。西伊敷小の発展を祈ります。

 という内容でした。その朝礼から28年余りが過ぎました。卒業生から学者・オリンピック選手・音楽家・画家・・・輩出したのかどうかは、同窓会名簿が整備されていないので調べようがないので、わかりませんが、少なくとも政治家は生み出したのでは(笑)と思います。

 また、その当時の全校朝礼でこのような話がされていたのかと、なるほどと思うことがあります。

 人材育成には、長い時間がかかります。公教育の再生をどうすべきか、宅間先生の著書を読みながら考えることでした。

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by fujisakitakeshi | 2009-03-03 05:26 | 西伊敷のこと