図書の横断検索
 質問したら、その後実現したものを紹介します。「横断検索」

 平成16年12月に質問・提言し、その後予算が確保され、実現しています。図書の検索をかけると、県立図書館や市町村立図書館等複数の図書館で検索をかけられます。

鹿児島県立図書館横断検索システム

【質問全文:横断検索といいますのは、県立や市町村立あるいは学校の図書館を一つのデータベース化しまして、読みたい本を全県下のうちどこの図書館にあるか検索できるものでございます。

宮崎県や山口県では既に導入されております。鹿児島県立図書館における図書購入費は、平成十三年度は五千五百万円、十四年度と十五年度は五百万円減の五千万円、それに伴いまして購入冊数も減っております。

十三年度が二万二千冊、十四年度が約二万冊、十五年度が一万九千冊です。また、県内の公立図書館、市町村立図書館全体での図書の購入費を見ますと、平成十三年度が三億円、十四年度は二億八千万円、十五年度で二億七千万円とこちらも減少し、それに伴い購入冊数も減少しております。

これだけ県内全体で購入される本の冊数が減少傾向にあるわけですから、特に高価な専門書などは県内全体で共有していくといった方針を打ち立てる必要があるかと思います。

 具体的に申し上げますと、こちらの議会図書館を含む県内の公共図書館と大学の図書館など、すべての図書館の蔵書を総合した目録をインターネット上で構築し、そして必要に応じて相互に貸し出し体制ができるような図書館サービスの充実を目指すといった方針を検討してはいかがかと思いますが、教育長の考え方をお示しください】

[PR]
# by fujisakitakeshi | 2014-06-05 23:16
パーキングメーター
議員の仕事、こんな例も。鹿児島市内にあるパーキングメーター。以前は60分200円でした。現在は90分200円になっています。九州新幹線部分開業のときに、当時の西鹿児島駅近くに100円パーキングができる情報を聞きつけ、駐車場との需給バランスや価格設定などを検討をお願いしました。特に強調したのは、「60分じゃ用事も終わらんうちに、いったん中座せんといかん。違反を切られないか、利用者の方も落ち着いて話ができず、ソワソワする。もう少し長くできるように」と県警本部に提言したら、半年後くらいに90分に変更になりました。あれから8年あまり―これは、自分も助かっています。みんなもそうじゃないのかなあ~。
b0039825_21425256.jpg
b0039825_21431170.jpg

[PR]
# by fujisakitakeshi | 2014-04-02 21:43
4年前の10月の記事
 4年前の2010年10月。再起を期した出馬表明でにこんなふうに答えています。

【藤崎氏は、同市伊敷地区を中心とした地域活動を踏まえ「鹿児島のこれからの20年を支えていくという気概で、少子高齢化に対応した地域社会づくりなどに力を尽くしたい」などと立候補の理由を説明。九州新幹線全線開業後の競争社会に備えた地域戦略や教育再生にも意欲を示した】

「少子高齢化に対応した地域社会づくり」「九州新幹線全線開業後の競争社会に備えた地域戦略」や「教育再生」・・・・・復帰当選を果たした後、意欲を示したものは全てやっているような気がします。




[PR]
# by fujisakitakeshi | 2014-04-02 21:40
3月議会での質問状況
鹿児島県議会のインターネット中継録画版です。
平成26年第1回定例会 3月4日におこなわれた藤崎剛一般質問です。
60分間思いっきり自説を訴え、答弁を求めました。

00:00~ PPP(官民協働)について
05:54~ 県都の魅力創出について(鹿児島ユナイテッドFC支援、鹿市との協議)
16:26~ ぐりぶー物語・大結婚式について
20:23~ 伊藤知事答弁・各部長答弁
28:40~ 答弁に対する藤崎論評
30:04~ 御楼門復元と歴史文化ゾーンについて(黎明館活性化)
36:11~ 業務用パソコン等のセキュリティ対策について(XP、百度)
40:20~ 建設コンサルタント業務について
42:24~ 各部長答弁
54:32~ 藤崎、教育長に追加答弁を求める
55:19~ 教育長答弁
56:37~ 答弁に対する総括所見と決意表明

[PR]
# by fujisakitakeshi | 2014-04-02 21:37
父方の祖父のこと
 写真は昭和30年10母方に続いて父方の祖父・藤崎良盛(=一番左)のこと。写真は昭和30年10月に宮之城屋地の店の前で撮られた写真です。写真の店の左側は先日のMBCのTEGETEGE2で紹介された二刀流の店「靴屋のパスタ」で紹介されたPrimo Passoです。祖父はこのとき52歳。親元の下駄屋から独立して32年目、大東亜戦争が終わって10年目。ちょうど鹿児島県が一番人口の多い時期です。下駄屋からゴム製品を取り扱う履物店へ移行した頃でしょうか、副島ゴムの社長(?)らしき方が来た記念みたいです。4人の子供のうち上の2人が成人し、下の2人は、当時小学生でうちの父親は写っていません。多分盈進小学校で授業中です(笑)。祖父は1903年生まれなので、38歳のとき戦争が始まり、42歳のときに終戦を迎えています。宮之城にも空襲があったり、日本の行く末がどうなるのか、ヤキモキする日もあったかもしれません。祖父は幼い頃製材所で遊んでいて材木が崩れてきて足に大けがをし、当時の宮之城にはいい医療技術もなく、足に障害が残ったため、兵隊に召集されませんでした。よく見ると、看板には「電話136番」とあります。宮之城のなかでも早いうちに電話が引かれたはず・・電話があれば仕事に役立つと思って入れたのたのでしょう。1枚の写真が、経済・文化を物語月に宮之城屋地の店の前で撮られた写真です。写真の店の左側は先日のMBCのTEGETEGE2で紹介された二刀流の店「靴屋のパスタ」で紹介されたPrimo Passoです。祖父はこのとき52歳。親元の下駄屋から独立して32年目、大東亜戦争が終わって10年目。ちょうど鹿児島県が一番人口の多い時期です。下駄屋からゴム製品を取り扱う履物店へ移行した頃でしょうか、副島ゴムの社長(?)らしき方が来た記念みたいです。4人の子供のうち上の2人が成人し、下の2人は、当時小学生でうちの父親は写っていません。多分盈進小学校で授業中です(笑)。祖父は1903年生まれなので、38歳のとき戦争が始まり、42歳のときに終戦を迎えています。宮之城にも空襲があったり、日本の行く末がどうなるのか、ヤキモキする日もあったかもしれません。祖父は幼い頃製材所で遊んでいて材木が崩れてきて足に大けがをし、当時の宮之城にはいい医療技術もなく、足に障害が残ったため、兵隊に召集されませんでした。よく見ると、看板には「電話136番」とあります。宮之城のなかでも早いうちに電話が引かれたはず・・電話があれば仕事に役立つと思って入れたのたのでしょう。1枚の写真が、経済・文化を物語ってくれます。身近な祖父が、何歳のとき、どんな人間関係のなかで仕事をして、家族を養ってきて、今自分がいるのにつながっているのかーこれからの自分の人生を進めるうえで参考になります。

b0039825_16521638.jpg
"
[PR]
# by fujisakitakeshi | 2014-03-01 16:52
母方の祖父のこと
 母方の祖父は、笠毛登といい、鹿児島市下田町七窪生まれの川内育ち。亡くなってかれこれ25年たちます。(=赤丸の人物)お正月に祖父のアルバムを借りてきたので、見ていると選挙事務所で写っている写真がありました。また、調査欲が湧いてきて(笑)調べましたー事務所の主は田島政吉氏。昭和32年の県議選で川内市区から自民党公認で当選した方でした。わずか1期だけ務めた方でした。当時祖父は29歳、川内で伯父のもとで紳士服の商売に頑張りながら、川内青年会議所の創立メンバーとして名を連ねたと聞いています。「かなりの選挙好き」と聞いていて、人様の選挙を思いっきり手伝って、選挙が終わると、金庫を持って身を隠すこともあったとか(笑)。県議会の選挙区ごとの定数を調べてみると当時の人口を反映しているのがわかります。
b0039825_16482767.jpg
b0039825_16484193.jpg
b0039825_1649249.jpg

[PR]
# by fujisakitakeshi | 2014-03-01 16:49
北方領土の日で遊説
 2月7日は北方領土の日です。鹿児島県神道青年会と自民党県連青年局の有志で自民党の街宣車あさかぜ号に乗り、北方領土への認識を深めてもらう遊説活動をしました。
b0039825_1614212.jpg

[PR]
# by fujisakitakeshi | 2014-03-01 16:00
30年の時を超えて、今
b0039825_0491060.jpg
小学4年生のとき、同じクラスになった豊田雅彦君の家で、「城なんでも入門」という本を読ませてもらい、衝撃を受け、すぐに同じ本を買って、そこから私の歴史好きが始まりました。城、城、城めぐり。城のプラモデル作成。そして小学6年からは系図・系図!夏休みは、神武天皇から昭和天皇までの系図を臣籍降下した源氏・平氏・橘氏つきで6メートルもの長さに仕上げました。中学2年の時には、夏休みに鶴丸城跡と私学校跡を調べ上げ、夏の課題で「2年6組16番藤崎剛」で提出しました。何か役に立つ日に備えて保管しておりましたが、そのときが来ました!!!!!―時を経て、島津氏の居城・鹿児島城=鶴丸城の御楼門復元にむけてのプロジェクトが動き出しています。事業総額7億5000万、民間募金4億5000万。私にできることは充分にお手伝いいたします。鹿児島のまちの新たな魅力づくりに。
b0039825_049474.png

b0039825_0502019.jpg

[PR]
# by fujisakitakeshi | 2014-02-03 00:51
県庁と県議会の渡り廊下
 鹿児島県庁(通称:行政棟)と鹿児島県議会(通称:議会棟)をつなぐ渡り廊下。この渡り廊下には大きな意味があります。どちらが、どのタイミングで、どんな要望・相談事をもって渡るかということです。特に、県知事や議長クラスがこの廊下を渡るときには、大きな意味合いが含まれてきます。私自身は、選挙で訴えたことを実現するために、要望活動をするために私から渡ることもありますし、県執行部が今後取り組みたい内容について、事前に議員に相談に来ることもあります。空調はない廊下なので、夏は暑く、冬は寒いのですが、雨風はしのげます。この廊下を行き来することで情報が交換され、なかには方向性の軌道修正がおこなわれ、県民のコンセンサスが得られるものに政策を仕上げていきます。さあ、約1か月後2月21日から県議会が始まることがきょう決まりました。廊下の行き来が激しくなります。小学生のとき習いました―「廊下を走らない」―準備をしっかりしてあわてることないように準備を進めていきます。
b0039825_14165428.jpg

[PR]
# by fujisakitakeshi | 2014-01-27 14:12
「ふとした一言から、歴史研究に火がついて」
今から6年前になりますが、息子は縁あって小野のあけぼの幼稚園に入りました。静かなたたずまい、落ち着いた路地のなか。後から園の場所は武家屋敷跡であることを知らされました。その後、屋敷の主の名前は園田清左衛門實明とわかり、調べを進めて1527年に島津家の内乱のなか、当時14歳の当主島津貴久が少数のお供に守られて避難し、敵に屋敷を囲まれるなか、實明が機転を効かせて貴久を匿った歴史の転換期を担った場所でした。貴久は命拾いし、成人して三州を統一します。その息子は義久、義弘を始めとする兄弟。後年、義弘は實明の娘を見初め正室に迎え、初代藩主家久が生まれ、島津家が現代まで続きます。鹿児島の歴史の急所を2回も担った小野中福良の園田家。史料の裏付けと関係者の証言集めを進めてきました。いよいよ史料もそろってきました。歴史研究者、小野の町内会役員有志、あけぼの幼稚園、園田家末裔と四者があけぼの幼稚園に集まり、「園田清左衛門を語る会」を初めて開きます。この歴史上の話を鹿児島の歴史にきっちり残すようにしていきます。将来は紙芝居を作りたいし、できれば看板か顕彰碑を建てたいです。埋もれた地域資源をみんなの力でふるさとの誇りにしていきます。
b0039825_10185826.jpg

[PR]
# by fujisakitakeshi | 2014-01-18 10:19