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海音寺潮五郎の歴史を見る目

 鹿児島県立図書館の郷土コーナーは私の行きつけの場所ですが、先般鹿児島市立図書館に行ったときに、たまたまいい本に出会いました。「三州諸家史」という本です。この本には、海音寺潮五郎が序文を寄せてありました。この文章が書かれてから50年がたちますが、今でもうなづける内容です。

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 鹿児島県は歴史の国といわれているくせに史書の少ないところだ。たとえば明治維新の運動の中心動力が薩・長二藩であり、とくに薩摩の力が大きかったというのは、歴史家の常識であるが、薩摩藩関係からまとまった維新藩動史の書物は一部も出されていない。
長州藩関係からは膨大な「防長回天史」が出され、水戸藩関係から「水戸藩史料」が出され、
土佐藩関係からすら浩瀚な「土佐勤王史」が出されているのにくらべるとき、あきれるのである。今にきっと薩摩人は維新運動にはほんの端役をつとめたにすぎないというように考えられて来るに相違ない。すでにその傾向は見えるのである。

維新時代すらこんな状態であるから、その以前の時代の史書の乏しいことは言うまでもない。


「島津国史」「西藩野史」重野安繹博士と小牧昌業博士の講演速記を集めた「三州史談」「鹿児島懸史」以外には、ぼくは知らない。

鹿児島県が歴史に富むといっても、人はその富む歴史を知る途がないのである。鹿児島県人の学問や書物を軽蔑することはきわまれりの感がある。過去を知らないものが将来を洞察し得る道理がない。また人はおのれの歴史を知ることによって、おのれの血のうちにひそむ力を自覚することが出来るのだ。大正年代以来、鹿児島県が各方面に人物凋落、秋風落冥の感があるのは、一つにはこのために違いない。


このような鹿児島県にとって、この書が新しく出されることは、まことに貴重である。読者はこの書によって、古い時代の鹿児島の歴史を、要領よく知ることができるであろう。この前、ぼくは中学時代の同級生の一人と卒業以来はじめて会ったが、いろいろな話の末、鮫島というその同窓生のために鮫島姓のおこりを説くはめになり、それは駿河国の地名に起原し、頼朝によって鮫島宗家というここにいた武士が阿多の地頭に任命されて薩摩に移住したのが薩摩の鮫島氏の先祖で、今も静岡県富士郡の田子の浦近くに鮫島という名の土地があるはずだと説いた。



友人ははじめて知ったとよろこんでいたが、この書にはこのような鹿児島県に多い諸氏のおこりも出ている。自家のおこりをしることの出来る読者も多いことであろう。


昭和四十年一月十三日 海音寺

潮五郎


by fujisakitakeshi | 2018-10-10 23:38 | 薩摩の歴史のこと